2003年6月30日、ロシアのプレセツクから打ち上げられた、
東大・東京科学大学の学生による2機の手作り衛星CubeSat。
運用も成功を収めている中、改めてその起源に迫るべく、
CubeSatプロジェクトの提唱者であるStanford大学SSDLのTwiggs教授に、
今回の成功や今後の学生プロジェクトについての展望を伺った。
Bob Twiggs
Stanford大学教授
(Space Systems Development Laboratory, SSDL)
CanSat, CubeSatの提唱者
Q.CubeSatプロジェクトを始めたきっかけは何でしょうか?
もともとウチのほうでやっていた衛星開発に、もっとたくさんの大学が参加してくれるといいと思ったんだよ。もし、うまく資金が調達できれば、打ち上げサービスもお客さんがふえるから、打ち上げ側にもメリットがあるだろうし。 大学プログラム間の協力によって、学生が研究成果を世界規模で共有できる場ができるのは、ウチのほうにとってもメリットがあるからね。
Q. 2機の日本のCubeSatの打ち上げと運用の成功を
どうご覧になりますか?
今回の日本のCubeSat2機の成功は、CubeSatプログラムでこうなったらいいなあと思っていた最高のお手本だよ。東大と東京科学大学は、CubeSatで学んだ情報をみんなで共有することに、熱心だろう?例えば熱解析の成果などは、みんなにとって、ものすごく大事な設計情報だよね。
Q. 学生の衛星プロジェクトを進める上で、一番大切なキーになるものはなんでしょうか?
プロジェクトを進める一番の目的は、学生が卒業前にシステムエンジニアリングや関連する実務経験を積んでもらうことなんだ。 学生の立場から見て、キーになるのは宇宙へ行く”本物の”プロジェクトだと思うね。 宇宙に関わるものに携わるのは学生だけじゃなく多くのエンジニアにとってもエキサイティングな機会だからね。
Q. 学生が取り組んでいる技術開発がどうしてもうまくいかないとき、どんなアドバイスをされますか?
学生にわかって欲しいことは、社会に出ても、大学のプロジェクトで苦戦するような難問に遭遇するということ。 技術的問題が全て簡単に解決できたら、挑戦し甲斐がないし、解いて得られる満足感もないよね。 つまり政府機関や産業界のエンジニアがやるように、問題解決の糸口になりそうな可能性のある、 あらゆるリソースに取り組んでみるべきなんだ。大学プロジェクトの場合、 政府機関や産業界の競争相手ではないから、学生は彼らには脅威ではない。 だから多くの場合、学生は情報交換をできるんだよ。これは学生が一旦社会に出たら、 企業間の競争とかがあって無理だよね。
Q. スタンフォード大学の衛星開発の一番の強みは?
僕らに強みがあるとは思わない。日本の大学の仕事は本当に速いよ。 東大と東京科学大学のCubeSatたちがそれを証明しているね。研究室プロジェクトの成功は、 先生方の指導によると思うんだ。CubeSatがシンプルに作られているから、軌道上でも よい成果が得られるんだよね。
Q. もし、これがあったら、学生の衛星開発が飛躍的に発展すると 思われるものは何でしょうか?
2つあると思う。一つは宇宙プロジェクトを進めるという挑戦と刺激。 二つ目は学生主導のプロジェクトにするということ。学生は自主的にやらせてもらえると なると、ほとんどの場合卓越した成果を出すよ。学生はあまり経験が豊かじゃないから こそ、革新的なのかもしれないね。
Q. 日米の学生プロジェクトがうまくいくための要因は なんでしょうか。また障害になっているものがあるとすれば、それは何でしょうか。
日米の学生が他の国の学生より有利なのは、新しい技術が使える ことだと思うよ。無線通信や低電力、高性能小型コントローラ、新バッテリ技術などは CubeSatで使うのに理想的なんだよね。
アメリカで一番障害になっているのは、ITAR規制でロシアに Cubeを輸出して打ち上げるのが難しいことだね。アメリカの打ち上げ機には特に 余裕があるんだけど、CubeSatのようなピギーバックに価値を見出す人が少ないんだ。 今後も打ち上げサイドとこの問題に取り組んでいくよ。
日本の大学はITARの問題がなくていいよね。でも日本のロケットで打ち上げることはまだできていないようだね。
CubeSatや何機かの小型衛星を打ち上げたい全大学にとって の障害は、デブリ問題。こういう小型衛星をNORAD(衛星をトラッキングする機関)で 見つけるのは難しいんだ。 CubeSatの運用が終わったら軌道から投棄することが必要で、 これはCubeSat開発者にとっての最優先課題。高度650kmの軌道にいるCubeが 落ちてくるのに25~50年もかかるからね。
CubeSatを軌道から投棄する方法は、まだ試されていないけど、 可能性として2つ知られているんだ。一つは伝導性テザー(宇宙用のひも)。 テザーでエネルギーを消散してCubeを落下させるんだ。二つ目の方法は 風船とかファンの形をした大面積のデバイスを広げて、大気抵抗を増加させて 1年もかけずに落下させるというものだ。
将来、打ち上げられるCubeSat全てに、こういったdeorbitデバイスを 設けないといけないというルールができると思うよ。
そして重要なことは・・・
世界規模でCubeSatプロジェクトが行うべきこととして、 設計や教訓の自由な交換、があると思うんだ。 僕らはいつもCubeに取り組む他大学の進捗に励まされているけど、 これは大学間だけじゃなくて、政府機関や産業界の航空宇宙機関の間でも 起きていることなんだだよ。
CubeSatで経験を積んだ新しいエンジニア世代が もっと世界を意識し、情報を共有することを勧めていけば、 航空宇宙業界や宇宙ビジネス全体の利益になっていくと思うんだ。
Q. 今後のCubeSatに期待するものは何でしょうか?
CubeSatプログラムは、世界の宇宙開発を大きく変える可能性があると思うんだよ。
- 宇宙用の新しいデバイス・技術の創造…学生というのは、チャンスさえ与えれば、経験豊かな年配のエンジニアよりも遥かに革新的になると私は思うんだ。大学におけるCubeSatの開発環境は、官・産の研究環境に比べて規制が少なく、結果にとらわれることなく試行錯誤できる。失敗は学習と革新のために大事なプロセスなんだが、国の機関や産業界では、成功のための失敗も受け入れられないというところがあってね。 もしCubeSatプログラムが発展し続ければ、学生による低コストの宇宙開発の数が増え、重要性が増すから、国や産業界の宇宙研究活動のアウトプットの伸びを加速してくれると思うよ。
- 新製品開発とその宇宙利用…CubeSatプログラムによって、低コストで宇宙と関わることができるので、新しい宇宙利用のための実験ができるようになる。世界中の大学が活動に参加することで、変化がもたらされるんだ。ちょうどアップルコンピュータがデスクトップコンピュータビジネスを変え、インターネットが電子商取引を変えたようにね。
- 一般の宇宙への興味を増進する…このCubeSatプログラムは、とても挑戦しがいのあるおもしろいものだから、学生がものすごくやる気になるんだ。宇宙開発に自分が直接関わることができるから、宇宙に対しての関心が、もっと沸き起こってくるんだね。このことは、学生のご両親、ご家族、兄弟姉妹、親戚のみなさんにもいえることなんだ。学生一人に5人から20人の親戚がいて、学生の宇宙開発、とりわけCubeSatの打ち上げや運用にワクワクするとしたら、どうなると思う?世界中のCubeSatに関わる学生たちの数と、そのワクワクする親戚の数を掛け算することになるんだよ。技術者とそうでない人たちの中で、かなりの数の人たちが、宇宙への関心を新しく持ってくれたり、再び持ってくれたりするようになるだろう。
こういった一般の人たちが、宇宙への興味を改めて持ってくれるようになれば、アメリカの月面有人活動当時のように、宇宙開発の人気が高まっていくんだと思うよ。
Interview by R.Kawashima and T.Arai, UNISEC