二代目のつらさと喜び
語り手:永井 将貴(ながい・まさき) 

● 次のリーダーは誰?

酒匂さんが卒業されるので、二代目の運用プロマネを誰にするか、決めないといけなくなりました。永島さんはCube2のリーダーをやっているので、XI-IVの運用リーダーは修士の学生がやるということになりました。中須賀先生は「M1(修士1年)でもいいんじゃないか?」とおっしゃっておられましたが、M2(修士2年)も含めて全員で話し合いをすることになりました。7月の下旬のことでした。

M1、M2の中に「是非やりたい」という人が居なかったので、必然的に、学年の高いM2の誰かがやるということになりました。M2というのは、修士論文を書かないといけないですから、そちらにエネルギーを使いたいと思うのは当然のことなんですが、僕は、T-PODのリーダーをやった経験から、仕事を割り振ればいいのだから、他の2人がやらないなら自分がやろう、という感じでリーダーを引き受けました。

僕と船瀬くんは考え方が対照的でした。 船瀬くんは、「リーダー」⇒「責任重大」⇒「身を捨てて取り組むべき」⇒「研究ができなくなる」⇒「引き受けられない」という考え方だと思いますが、僕の場合は、「リーダー」⇒「みんなに割り振る」⇒「適切に割り振れば研究もできる」⇒「引き受ける」という考え方でした。もしかしたら、船瀬君は、責任感が人一倍強いので、リーダーを引き受けることができなかったのかもしれないと思います。一方、僕はそういう考え方だったため、「研究もやるため、Cubeはできる範囲でがんばります」と正直に言いました。1ヶ月も泊り込んで運用に命をかけるくらいに真剣にやっておられた酒匂さんからは「激しく不満だ」と言われてしまいました。べつにやる気がなかったわけではありませんが、「なんとかなる」という楽観的な気持ちもありました。

<証言:酒匂信匡(さこう・のぶただ)>
「激しく不満だ」と言ったのは、永井に対してというよりは、そのときの状況に対して、という感じだったと思います。衛星としては打ちあがってからが本番なのに、そこに興味を持ってもらえなかったのが悲しかったですね。後輩たちは、入ってきたときはすでに衛星の形ができていたわけですから、キューブサットが「実の子供」ではないと感じるのは予想できていたのに、根回しが足りなくて、衛星に対して申しわけなかったです。

● 運用準備と本番

キューブサットの運用というのは具体的に何をするかですが、準備、運用、解析の三段階があります。まず、三十分くらい前から機器のチェックをして、運用準備をします。Windowsは不安定なので、まず再起動からはじめます。準備そのものは簡単で、無線機の準備(電源、スイッチなど)、パソコンの準備(ソフトの立ち上げ)、動作確認(アップリンク、ダウンリンクが正常かどうかアンテナの動きが正常かどうか)をやります。 実際は30分もかからないのですが、動作確認でうまくいかないことがたまにあり、30分という余裕を設けています。

運用本番は、短くて1分というときもありましたが、長くて15分くらいです。衛星を捉えることをAOSというのですが、AOS後しばらくはCW信号(モールス信号)を聞きます。CW信号の中には衛星の基本的なデータが含まれているので、必要なデータを一通り得られるまでCW信号を聞きます。

CW信号を聞き終わると、いよいよ運用の本番です。FM信号によってアップリンク、ダウンリンクを行います。アップリンクによって衛星に撮影命令を送ったり、特定のデータをダウンリンクする命令を送ったりします。そのアップリンクに対する返事として、ダウンリンクを受け、データを受信します。順調であれば運用は大変ではないのですが、アップリンクがほとんど通らない、アンテナが暴走するということはしょっちゅうありました。アンテナが暴走した場合、自動追尾を解除して手動追尾するため、それで一人かかりっきりになります。それも人数を減らせない大きな要因の一つでしたね。

● 事後解析

運用が終わってからが、また一仕事です。事後の作業は次のようになります。
@データ解析+コマンド作成
衛星のステータスデータや画像データを解析します。解析結果に応じて、次の運用で何をするのか、コマンドを作成します。また、アマチュア無線家からご提供いただいたデータも同様に解析します。アマチュア無線家によってデータ形式が若干異なるため、東大で解析できるように手動でします。また、撮影用のコマンドを作るときは、何時何分にどこで撮影をするのか決定し、地図をみながらコマンドを作らなくてはいけないため、かなり時間を使います。20分くらいでしょうか。

A CW信号の解析
録音したモールス信号を解読します。機械での解析は信用できないので、すべて人力です。人の耳で聞いて、モールス信号を解析しますが、あまり鮮明に録音されたモールス信号ではないため、結構ストレスがたまります。これで、40分くらいはかかります。

B 運用計画
何日の何回目の運用で何をするのか事前に決めておきます。10日に一回くらい、衛星の軌道とにらめっこをしながら、適切なときに適切なデータを取得するための計画を立てます。40分くらいの時間を使います。

C 運用報告
プロジェクトメンバーや先生方への報告をします。どんなデータを取得したか、明日の運用はどうするかなど、全般的な報告をします。

D お礼メール
データを送ってくれて、協力をしてくれたアマチュア無線家の皆さんにお礼のメールを送ります。

E 運用日誌の作成
運用の経過を日誌に記録します。

F WEB原稿の作成
広く一般の人にも運用状況を知ってもらうため、運用に関するWEBを公開しています。その原稿を書きます。

これらをすべて合わせると、一人でやると、解析だけで2時間弱はかかります。2人でやれば、1時間くらいでしょうか。運用や事前準備も含めると、一回の運用で2時間弱(2人で)は使います。打ちあがってから2ヶ月くらいは、一日5回くらいの運用がありましたので、これだけで10時間は使います。衛星は待ってくれないので、運用をあとに延ばすことはできません。運用当番にあたると、その日一日がまるまる使えないのです。しかも、軌道の関係で、早朝と夕方の二回、衛星が来るので、早朝の場合は、午前4時くらいにはスタンバイしないといけないので、結局前の日から泊まらないといけません。体力的に相当にきつかったですし、修士論文のための研究はほとんどできませんし、焦りました。

そのときは(7,8月)、将来運用が減るかもしれないとか、効率化するなどの目処がまったくたっていませんでしたから、このままの状態だと本当に卒業できなくなるという不安に駆られました。暗中模索で、いつまで続くのかわからない状況で、ただひたすらに運用をこなしていました。

● リーダーの苦悩

僕たちはみんな学生で、授業もあるし、自分の研究もあるし、論文も書かないといけないし、その上、キューブの次世代機も開発しないといけないし、とにかく忙しい毎日なのは確かです。リーダーとしてみんなの運用シフトを組んでいたのですが、みんなにはみんなの都合があるため、急に運用ができないといってくることが、日常茶飯事でした。

みんなの希望を聞いていろいろシフトをいじっていたのですが、人の名前を、いかにも物を動かすかのようにシフトを組んでいると思われたらしく「人をもののように扱っている」という批判を受けました。シフト表を埋めるということは、誰かの時間をそこで使うということなので、勝手に動かされるほうはたまったものではないのはわかるのですが、当時、少ない人数で、朝と夕のシフトを毎日埋めていくだけでも本当に大変だったんです。

いなくなって、はじめてその人の偉大さがわかるといいますが、酒匂さんはやはりすごかったのだと思いました。酒匂さんがリーダーをやっておられたときにはみんな不満を言わずにこなしていたのに、僕になった瞬間に、プロジェクトが崩れそうになってしまったわけですから。

特に、カンサットの製作打ち上げを9月にすることになっていた修士一年が、大変だから仕事を減らしてほしいと言ってきたので、そうしたために、他の学年との間がぎくしゃくしてしまったころなど、神経がすりへる思いをしました。やはり、酒匂さんのように「Cubeに命を懸ける姿勢」と「強いリーダーシップ」が必要なんだなとずいぶん反省しました。自分が必死でやるから、人もついてくるのかもしれないと思いました。このころ、みんなの気持ちを一つにまとめられないことが一番つらかったです。

● 苦悩から喜びへ

いろいろとごたごたがあったのですが、あるときからうまくいくようになりました。みんなが不満をかかえるのは、とにかくやるべきことが多すぎるのだと思い、徹底的に運用の負担を減らすことにしたのです。

たとえば、CWの音声を解析していたのを廃止し、運用基準を設けて、効率の悪い運用も廃止し、3人運用から2人運用へ、そして1人運用へ移行しました。みんな、Cubeに対して思い入れがあり、完璧にこなそうという人が多いため、効率の悪い運用も最低でもCWだけは聞くべきだ、1人運用も、慎重にすべきだ、という意見もありましたが、みんなとよく話し合って説得し、合意を得ました。

9月から石川さん、堀君、大石君、新井君、田中さんが抜け、4年生が復帰してきたので、戦力としては8月とほとんど変わりませんでしたが、運用の負担はかなり減ったと思います。

そして現在まで9ヶ月、特に問題も無くずっと続けてこられたことに非常に満足していますし、自分の、半ば強行に仕事を減らしたことが、長期的には役に立ったのだとうれしく 思っています。結果的にみんなでここまでやってこれたことが自分の役割を果たせたような気がして、じわじわとうれしく思っています。今は、みんな喜んで運用に参加してくれていますので、それもうれしく思っています。全員が、院試、卒業論文、卒業設計、修士論文、ARLISS、博士論文など、みんな自分の研究をやりながら、精一杯取り組んでくれたことに、感謝しています。

● 新リーダーへ

僕は、四月から半年間ドイツへ行くことになったので、運用リーダーは引継ぎをすることになります。これからの運用は、いかにマンネリ化を避け、モチベーションを高め、メンバーと協力してくださっているアマチュア無線家の方々の気持ちを一つにしていくか、がポイントになると思います。新リーダーには、新しいミッションを立ち上げたり、新しいメンバーを加えたり、とにかく新鮮な何かを取り入れてくれることを期待しています。