T-PODが作動しない?
語り手:永井 将貴(ながい・まさき) 

● 最低電圧が!

シップメントの10日前くらいだったでしょうか。電子系を担当していた船瀬君から、僕の携帯に電話がありました。電話の声の調子は、かなり緊迫感があって、「何か起こったのか」と思わせるようなものでした。

船瀬君の電話の内容は、簡単にいうと、T-POD(分離機構)が作動しないかもしれない、というものでした。船瀬君は、ICD(Interface Control Document)を読んでいて、「最低電圧は10.5V」の記述を見つけて、その電圧で試験をしてみたそうです。そうしたら、分離機構は全く作動しなかったというのです。僕は、船瀬君に、10.5Vの情報はとっくに伝わっていると思っていたので、何も心配をしていなかったのですが、実は意思疎通がきちんとできていなかったのです。

分離機構は、ロケットからの信号がきて、作動するようになっています。ロシア側は13.5Vを供給すると言っていました。この「13.5V」だけが、船瀬君に伝わっていて、「最低でも10.5Vは保障する」ということについては、きちんと伝わっていなかったのです。予定どおり13.5Vが供給されればきちんと動くわけですが、もし10.5Vしかこなければ、動かない可能性があるわけです。

最低動作電圧についての認識が違ったまま、T-POD製作は進んでしまっていたことに、僕はちょっとショックを受けました。でも、何とかしなければなりません。衛星が万全でも、分離機構がダメだったら、軌道投入はできず、ミッションは失敗してしまいます。頭を抱えながら、対応策を練りました。ロシア側に電圧をあげてくれるようにお願いしてくれと船瀬君に言われましたが、これは無理でした。

いろいろ考えたのですが、最後は、船瀬君に頼み込んで、動作電圧をさげてFM基板を作りなおしてもらうしかありませんでした。素子をひっぺがして、新しい素子をつけて抵抗を変えるということです。素子を変えること自体は、それほど大変ではないんですが、素子を変えたことで、展開試験や強度試験など、一連の作業を全部やり直さなければならないので、とにかく時間との戦いでした。船瀬君と中田君が電子系のチームを組んでいたんですが、二人とも、睡眠時間を削って、必死にがんばってくれて、何とか間に合いました。感謝しています。

証言:船瀬龍(ふなせ・りゅう)
実は、僕が最低電圧のことに気がついたのは、10日前じゃなくて、4日前の5月31日のことだったんです。書類を何気なく見ていて、10.5Vという数字が目に入ってきて、びっくりしました。でもそのときは、割と落ち着いていて、永井には「明日動作確認をしてみる」というメールを送りました。翌日、つまり3日前に動作確認をしたら、11Vでは問題なかったのですが、10.5Vだと、動いたり動かなかったりしました。血の気がひく、というのはこういうことを言うのかと思いました。抵抗をつけかえるしかないと思いました。対処して悪くはならないと思いましたし、対処しないで失敗するよりは、対処して失敗したほうがましだろうと考えたんです。宇宙は一回きりですから、できることは何でもやります。ふだんは特にそういう性格でもないんですが、こと宇宙に関わると、徹底的にやるようになるのが不思議です。そのとき、基板はモールディングといって、時間がたったら固まるのり状のプラスチックで固めていましたから、それを無理やりはがしました。中田と二人で根を詰めて作業して、分離機構の組み立てが終わったのは、シップメントの前日夕方のことでした。

ロケット側に衛星を引き渡すのが打ち上げ2週間前なんですが、東大の分離機構はその時点で電源を入れておかなければなりません。ですから、その流れを模擬するために、実際に基板に電源を入れた状態で二週間放置しておいて、その後ロケットからの分離信号を模擬した信号を基板に入力してちゃんと動作するかどうかを見る、という試験が必要でした。 それをやらないと実際の打ち上げ環境を模擬したとはいえないので、どうしても必要な試験でしたが、抵抗を付け替える前の基板ではその試験をやって正常に動作したので、抵抗を付け替えても影響しないだろうと考え、OKとしました。というよりOKとするしかありませんでした。でも、実は心配で心配でたまりませんでした。

● ロシアとのやりとり

この一連の作業中、僕は、ロシア側とのドキュメントのやりとりを、猛烈にしていました。ロシア語は全然わかりませんから、英語でです。向こうから送ってくる図など、よくロシア語が書いてあるんですが、勘を働かせて、なんとか理解しようとしていました。技術的なことは、何とか見当がつくものなんです。

こんなに海外とのやりとりをしたのは、僕の人生で初めてのことです。こんな体験ができたのは、本当に勉強になりました。でも、本音を言えば、制御関係などの工学的な部分をもう少し突っ込んでやれてもよかったかなと思っています。これから博士課程に進むので、今度はそっちの方面でもどんどんやっていきたいと思っています。