クリーンルーム事件
語り手:津田 雄一(つだ・ゆういち)

スタンフォード大学で見てから、クリーンルームがほしいと思っていました。あの程度のビニール小屋みたいなのだったら、そんなに場所もとらないし、コストもかからないと思いましたし、衛星を本当に作っていくには、集中できる清潔な空間が必要でした。でも、場所もないし、どうしようと思っていたら、106号の部屋、つまり、当時横田さんが使っておられた部屋を、半分使わせてもらえることになりました。横田さんは窮屈になってしまって、申し訳なかったです。業者さんに頼んだら、百万円単位でお金がかかりますが、僕らは工学部学生なんですから、もちろん、自作です。こういうのを作るのも楽しいんですよ。何かを自分で作ることって楽しいでしょう?総工費ですか?えーっと確か、材料費だけなので、数十万円だったと思います。

いくつか、思い出に残る事件がありました。一生懸命作ったクリーンルームで、いったいなんてことだ、と思うようなことです。それぞれの人たちに、聞いてください。後輩のみなさん、決してこのようなことはしないようにしてください。クリーンルームは、衛星を作るための部屋で、決して、ものを食べたり寝たりする部屋ではありません。

● 弁当食べ残し事件
<証言:金色 一賢(かないろ・かずたか)>
クリーンルームで弁当の食べ残しが発見された件ですか?ええ、僕です。あのとき、どうしてそうなったのか覚えていないんですが、たぶん、すごく仕事がたてこんでいて、急に呼び出されたか何かで出ていって、戻れなくなってしまったんだと思います。でもね、聞いてください。僕は、あのときしか、クリーンルーム(それに、正確にいえば、クリーンルームの中じゃなくて、外の空間ですよ)で弁当を食べたことはないし、それから、過去数年間、いや、たぶん、生まれてこのかた、弁当を食べ残したことなんて一度もないんですよ。でも、みんな、いまだにそのことを言うんですよ。研究室の忘年会で、その年の「研究室十大事件報告」みたいなことをやったんですが、「クリーンルームにバイオテロ事件」は、堂々の一位に輝きました。なんて、自慢することじゃないですね。
  ●イトコン昏睡事件
<証言:イトコン(伊藤 孝浩 いとう・たかひろ)>
確かに、僕はクリーンルームの床に白衣を着たまま倒れている自分を、朝になって発見したことがあります。酒匂さんたちが入ってきて、意識が戻った(目がさめたとも言いますね)んです。クリーンルームの中って、どうしてかわからないけど、眠くなるんですよ。空気を浄化するためにつけている機械の音のせいなのか、空気がよいせいなのか、あるいは静かだからなんでしょうか。だいたい、クリーンルームの中で作業するものって、作業して少し待ち時間があるようなものが多いんですよ。そうすると、待っている間に睡魔がやってくるんでしょうね。でも、ひどいですよね。普通だったら、白衣のまま床に倒れている仲間をみたら、どこか悪くて倒れたんじゃないかと思って、介抱しようと思うでしょう?「絶対寝てると思った」ってみんなが言うんです。まあ、誰かがそうだったら、僕もそう思うだろうから、しかたないですけど。本当にいつも睡眠不足でした。