通信の救世主
語り手:イトコン(伊藤孝浩 いとう・たかひろ)

● 通信機開発開始

2000年9月ごろに、BBMのXI-Iを作り始めたのですが、通信機をどうするかという問題がありました。TEKK Ks-960Lという通信機は、海外の(たしか大学が開発した)小型衛星で搭載実績があり、実際に宇宙で動いていたので、まずは第一候補に挙げられました。

しかし、BBMの二号機であるXI−IIが完成したころから、Ks-960Lの限界を感じていました。FM送信時2.4ワットと消費電力があまりにも大きいのです。また、10cm立法のCubesatに対して、サイズがあまりにも大きいという難点もありました。通信機だけで85×51×21mmもの場所をとってしまうのです。そのうえ、CW送信とFM送信でアンテナを共有するのですが、無線の知識のない我々では、アンテナ切り替え回路の設計が極度に難しくて手も足も出ませんでした。

● 救世主現わる

そんな折、これらの問題を一挙に解決してくれる、まさに世紀末の救世主状態で登場したのが西無線でした。この会社が作っている通信機ときたら、いいことづくめだったのです。

  • CUBESATの構造の要求に応えた形状!超小型!
  • 低消費電力ながら、リンク確立可能な出力電力を確保!
  • CW送信機とFM送信機を搭載で、アンテナ切り替え回路も搭載!
  • なんと、FM受信機まで搭載!
  • しかも、超激安!

西無線のことを発見したのは、確かそのころ通信系に属していた加藤義清さんだったと思います。最初のコンタクトは加藤さんにお願いし、以降は僕が窓口になりました。ただしこの時点では、送信出力の差と、Ks-960Lの宇宙での使用実績からKs-960Lと西無線無線機との二段構成で行くことにしていました。選択期限は2001年5月の三陸での気球実験でした。そのとき、西さんは、気球実験で東京まで電波が届かなかったら、開発の費用はいらない(ここまでは言ってなかったかもしれませんが)とまで言っていただきました。しかも、開発費、FMの2台(1台はFM送信機、CW送信機、FM受信機の3台構成)の製造費まで含めて、信じられないくらいの安い値段を提示してくださいました。

<証言:加藤義清>
当初、衛星に搭載する通信機には市販の無線機を流用することを考えていたのですが、希望するようなサイズ、帯域、出力のものがなかなか見つかりませんでした。そんな時に、「自作ぷら〜ざ」という無線機自作の掲示板(http://jg1ead.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/bbs.cgi)をみつけたので、そこで相談してみたところ、西無線さんを紹介していただきました。
※今でも過去ログに当時の書込みが残っています。
http://jg1ead.web.infoseek.co.jp/oldlog/geobook20010318.html
打診したのは2001年2月の下旬ですが、4月には気球実験が控えていたので4月までにものが出来ていなければならなかったのですが、2ヶ月という短期間で開発していただきました。しかも、実験で通信が出来なければ開発費はいらないとまで仰っていただきました。価格的な面でも非常に魅力的なオファーをしてくださったので開発・製作をお願いすることにした次第です。
私は諸般の事情により2001年3月でCubeSatの開発から離れたので、西無線さんとはわずか2ヶ月のつきあいで、実は西さんとお会いしたこともないのですが、短い期間でメールで非常に密に連絡を取り合って仕様の詳細をつめていきました。こちらが素人でとんちんかんなことを言っている時もあったかと思うのですが、非常に丁寧に応対してくださいました。

● 感謝

無線機の知識など皆無で、あまりにも大雑把なスペックしか提示できない我々に対して、時には厳しく、しかし真剣にいろいろと教えて下さいました。本気で怒られたこともあります。また、時には三宮の事務所から東京の研究室まで足を運んだりして下さりました。交通費は自腹だったんじゃないかと思います。

5月に気球実験をして、西無線の通信機は東京まで電波を飛ばすことができたので、Ks-960Lと西無線の無線機との間に多少の性能の差はありましたが、西無線の無線機を使用することが本決まりとなりました。

その後、無線機の水晶発振子の半田付けが取れてしまう不具合が発生するなどの問題はあったものの、西無線との出会いがなければ、あの美しい地球の写真をダウンリンクすることも、クリアな音を聞かせてくれるモースル信号を聞くことも、地上局からのコマンドをアップリンクすることもできなかったと思います。個人的には、Cubesat成功の影の立役者の筆頭は西さんだと思っています。無線のことは西さんにまかせておけば安心という感じでした。西さんは東大中須賀研CUBESATプロジェクトのプロジェクトメンバーの一員であるといっても過言ではないと思います。