民生品の思わぬトラブル
語り手:宇井 恭一 (うい・きょういち)

キュートIの打ち上げが成功してから、民生品を使わせていただいた企業の方々に、お礼を書いて送りました。「御社の部品を使った衛星が成功しました」というような内容です。宇宙でも機能した、ということは、その製品がすぐれていることの証明にもなるわけなので、ほとんどの会社の方は、喜んでくれました。わざわざご挨拶にきてくださるところもあったぐらいです。Eメールにより御礼メールを送ったので、たいていEメールで返事を頂いたんですが、一社だけ、対応がとんでもなく違うところがありました。

Eメールじゃなくて、電話が研究室にかかってきたんです。
「あれ、ほんとに使っちゃったの?困ったなあ」
と、本当に困ったような声が電話口から聞こえてきました。ふつう、宇宙で使うのはお断りとは言われるんですが、「保証しませんよ」という程度であれば、自分たちで各種環境試験(振動試験、真空試験、熱試験、放射線試験など)をやって、使っています。「お金を出して購入したものをどう使おうと勝手」というふうには思いませんが、宇宙用の部品を買うようなお金は自分たちにはないし、それでも衛星をあげたいし、保証されなくても使えると自分たちが判断すれば使う、というようなスタンスでやっていました。

この会社と最初にコンタクトをとっていた東工大側の担当者はすでに卒業し、会社側の担当者も異動になっていて、当初の事情はよくわからないままだったんですが、とにかく本当に困るんだということで、輸出許可証やらなにやら、書類を全部出してほしいといわれました。松永さんに相談したところ、「事情がよくわからないまま、向こうの言いなりになる必要は無い」ということで、先方に電話して事情を聞いてもらうことになりました。

なんでも、この会社は、海外との取引がとても重要で、この宇宙用として指定していない部品が宇宙で使えるなんて言ってもらっては、海外の取引先から切られかねない。そうなると、会社が倒産する可能性もある、ということでした。松永さんも先方の並々ならぬ混乱を感じ取り、輸出許可証などを提出して、事なきを得たかに見えましたが、実はそうではなかったんです。

隣の研究室が、ここの会社に部品の注文をしたら、「東工大は研究室単位での取引を停止している」といわれたそうで、ここまで影響が出てしまったのかと思いました。学生だから、ふつうはやらないことをやってしまえ、という考え方もあるんですが、その一方で、そのことが、他の誰かにとって、重大な問題になってしまうこともあるのだということを、やはり自分たちはきちんと認識していかないといけない、と実感しました。

双方とも、担当者がいないので、実際にどんなやり取りがなされたのか、正確にはわかりませんが、自分たちは、他の企業と同様、「宇宙で動くとは保証できない」と言われたと理解していて、先方は、「宇宙で使ってもらったりしたら、海外の取引先を失うことになりかねないから、絶対にやめてほしい」ということだったわけです。つまり、この部品が宇宙用に使えるほどに高性能であるとしたら、もちろん、武器などに使えてしまうわけです。「科学技術」は諸刃の刃と言いますが、自分たちはそんなつもりではなくても、結果として、テロリストに情報を提供してしまう可能性もあるわけです。今回は「ロシア」で打ち上げた、ということもナーバスになった原因みたいですが、ちょっと考えてしまいました。

今後、どうするか、ですか?民生品を使う場合は、先方の意思確認を慎重に行うということを徹底していきたいと思います。自分は、UNISECの理事もやっていますから、自分たちだけでなく、これから開発を進めようとしている大学にも情報を流して、ここのメーカーのものは決して使わないというような仕切りをしていく時期なのかな、と思ったりしています。