ぎりぎりセーフの分離機構
語り手:中谷 幸司(なかや・こうじ)
東工大の分離機構は、東大のとは形も違いますが、分離にいたる仕組みも違っていました。東大は、キューブサットがすっぽりはいる箱型のものを使っていましたが、東工大は、大型の衛星と同様、キューブサットは片側だけ固定されていて、外にむき出しの状態で出ているようなタイプの分離機構を開発しました。これは、将来、少し大きい衛星になっても対処できるように、最初から開発しようと考えたためですが、東大とは違う形にしたかったということもあったかもしれません。同じじゃつまらないでしょう。
固定用のナイロン線を、ニクロム線加熱により焼ききって,ばねの力で衛星が飛び出すという基本原理は同じなんですが,東大のほうは、ニクロム線に電気を通すのが電子回路だけの仕組みなので、打ち上げ前から電源を入れておかないといけないのに対し、東工大のほうは、「リレー」という素子を入れてあって、ロケットから信号がくると、パチンとスイッチが入り、電源が入るように作っていました。そして電源がはいってから70秒後にニクロム線が加熱し、ナイロン線が切れるようにセットしていました。リレーは電子素子でありながらメカという側面も持つので、東工大は、やっぱりメカにこだわるのかあ、と思われるかもしれませんが、今回はそういうことではなく、信頼性を考えるとやっぱりリレーを使用するのが筋ではないかと思うんですよ。はじめから電源を入れておくと、いざ分離というときになって、電池の残量がありませんってことになるかもしれませんしね。気球実験や熱真空試験の経験から、低温時の電源特性はかなり厳しいってことをいやというほど経験しましたから。

分離機構フライトモデル
仕組みは理論的には万全だったんですが、一つ問題がありました。肝心のリレーが手に入るかどうか怪しかったんです。もう四月半ばくらいでしたから、間に合わないんじゃないかって、真剣に心配していました。このころは、毎日ひやひやして、つらかったですね。秋葉原で買った300円のリレーを使って、実験はしていましたが、仕様書を読む限り、打ち上げ振動に耐えられないんじゃないかという懸念がありました。だから、もっと高性能のを探す必要があり,いろいろネットで探したり,宇宙機器メーカの人とコンタクトをとったりしました.
ロコットからくる信号は12ボルトということだったので、12ボルトで動くのがほしかったんですが、24ボルトとか6ボルトというのが多いんですよ。一週間くらい必死で探して、やっと、一社、宇宙用ではないけどMILスペック(米国国防省規格)のリレーであれば、一週間で納品できるという会社を見つけました。そこは、アメリカのCIIというリレー会社の代理店でした。けっこう親切に相談に乗ってくれて、大変助かりました。ほんとに感謝しています。宇宙空間で一回だけ動けばいいといったら、保証はできないが、多分大丈夫だろうというようなことを言ってくれました。もちろん東工大で振動試験をおこない。動作を確認しました。

放出機構電子回路
それで、そこに決めて、リレーを4個発注しました。ひとつの回路に2個必要なので2個は予備として買いました。リレーが届いたときは、ほっとしました。打ち上げ用の基板製作は、業者に発注したんですが、それができてきて、ちゃんと動いたときは、嬉しかったです。リレーが入手できなかったらどうしたかですか?それは、そういう場合も想定して、もしもの場合は東大が採用していた最初から電源を入れっぱなしにしておく手を使おうと思って、回路図のバックアップを作って、部品も選定してありました。こういうプロジェクトに関わっていると、起こりうるさまざまな可能性を考え、それらに対して打てるだけの手を打っておくという習性がいつのまにか身についてしまうみたいです。本当に何が起こるかわかりませんからね。
リレーは手にはいったんですが、それで不安がなくなったわけではありません。ロシアに松永さんが行って、ロケットからの信号で分離回路がオンになるかどうか動作確認したときには、秋葉原で買ったリレーを使っていました。つまり、新しく買ったリレーがちゃんと動くかどうかは試したことがないので、わからないわけです。ロシアに衛星搭載に行ったときも、そのチェックはしてもらえなかったんです。それで、そういう不安をなくすために、なんとか自分を納得させようと、いろいろやりました。こじつけみたいなことですが、たとえば、秋葉原のリレーの抵抗をはかって、フライト品のリレーと明らかに同じだから、きっと大丈夫、とかね。
不安はずっとありました。衛星搭載を終えて、ロシアから戻ってきて、打ち上げまでに少し日があったんですが、その間中、後発隊としてロシアに行った占部たちから「衛星が分離してしまいました」というような連絡がきたらどうしようと思っていました。つまり、リレーが勝手に動いてしまったりして、分離機構が作動してしまって、宇宙へ行く前に衛星が飛び出してしまうような事態が起こることまで考えたりして、心配が尽きなかったですね。
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